続・無差別殺人くらいしかやることがない


※このエントリはこれの続きです。

八王子の女性2人殺傷:市長、献花台で合掌 「なぜ市民巻き込む」

八王子市の京王八王子駅ビル9階「啓文堂書店」で22日夜、アルバイト店員の斉木愛さん(22)=中央大学4年=ら2人が殺傷された事件で、黒須隆一・八王子市長が23日午後7時半過ぎ、ビルの前に設けられた献花台を訪れ、手を合わせた。

八王子市では8年前から、警察や市職員などで月に1度の防犯パトロールを実施。事件翌日のこの日はパトロールの実施日だった。黒須市長は「安全安心な街づくりを目指していた矢先の事件で、残念だし、本当に悲しく思う」と話した。

また、殺人未遂容疑で逮捕された菅野昭一容疑者(33)=八王子市川口町=について問われると「なぜ何もしていない市民を巻き込むのか、全く許せない。生きるのが嫌なら自分で自分の命を始末すればいい」と怒りをあらわにした。【神澤龍二

http://mainichi.jp/area/tokyo/news/20080724ddlk13040300000c.html*1


私も怒りで息が詰まりそうだ。犯人に対してではない。この市長の言葉に代表される、「良識の身振り」に対してだ。ところで、この発言は6月10日の読売新聞「編集手帳」にそっくり。一応引用。

ほどけた靴ひもを結び直しても10秒はかかる。道で足をとめ、青く色づいたアジサイに見惚(みと)れても30秒は過ぎる。のどが渇き、駅の売店で何か飲んでも1分という時間は流れる◆居合わせる。居合わせない。ご遺族の方はきっと、靴ひもでいい、路傍の花でいい、わが子、わが夫に、立ち止まるわずかな時間も与えてくれなかった無情の天を仰ぐ思いでおられよう◆世の中が嫌になったのならば自分ひとりが世を去ればいいものを、「容疑者」という型通りの一語を添える気にもならない。加藤智大という25歳の男が東京・秋葉原で通行人を車ではね、ナイフで刺し、7人を殺した◆〈「はじめまして」/この一秒ほどの短い言葉に/一生のときめきを感じることがある〉。事件当日の朝、新聞で読んだ詩の一節が浮かんでは消える。時計のセイコーが23年前に一度だけ放送した“幻のCM”という◆犠牲者のひとり、東京芸術大学4年の武藤舞さん(21)は環境音楽を学び、コンサートを企画する会社から内定をもらったばかりだった。「はじめまして」。あこがれの職場で挨拶(あいさつ)する、ときめきの1秒は永遠に来ない。 (2008年6月10日 読売新聞「編集手帳」)*2


この市長が実際にこの読売の記事を念頭においていたのかどうかはわからない。けど、今回検索して分かったことは、この吐き気を催すような文章に共感してる人もいっぱいいたということ。となれば、「良識」をこじらせるとこういう見解に落ち着くものなのかもしれない。

それはともかく、憎むべき殺人者、異常者に対比されるこの「無垢な市民」像というのはいい加減にした方がいい。確かに、被害者が気の毒なのは言うまでもない。そして、不幸にも命を奪われた被害者についての証言を集め通夜の席での語らいのように故人を偲ぶことで、こうした特異な事件であっても当事者性をギリギリのところで共有しようとし、同じ社会の成員としてある種のけじめをつけようとしているのかもしれない。と、まあ肯定的にとらえることもできる。しかし今回の事件にしても秋葉原にしても、「絵になる被害者」だったことで船上パーティが一層盛り上がってるような気がしてならない。これは単に私の精神がひねくれているだけで、無用な邪推をしてしまっているのだろうか? 一般に故人について不名誉なことをわざわざ報道はしないだろうし、耳目を驚かす事件の被害者は毎度「絵になる」ように化粧を施されてきたのかもしれない。また逆に、佐世保のスポーツクラブ銃乱射事件では殺された女性インストラクターが実は不倫中だったとかいう続報が週刊誌*3でなされたけど、この手の被害者像をあえて貶めるような悪趣味な報道を歓迎するわけではない。

むしろここで指摘したいことは、「明るくハキハキとした優しい女の子でした……」にしても、「実は被害者女性が数年来交際していた男性には妻子があり……」にしても、どちらも船上パーティ参加者としての資格をめぐる言葉であるということだ。被害者の「人となり」を描く際にも、必ず「良識」のコードに照らして描かれる。ぶっちゃけて言えば、被害者像についての報道に期待されているのは「被害者ってどんな人?」というニュートラルな問いではない。関心は、「われわれ日本人社会の良識ある一員」であったかどうか、それだけなのだ。邪推ついでに邪推を重ねれば、もし被害者が身寄りのない老人だったら、ホームレスだったら、前科者だったら、在日朝鮮人だったら、被害者像についての報道はどうも口ごもった感じのものになっていたのではないか? 私が実際に見聞きした範囲の話では、世の中というのはそんなひどいものではない。身寄りのない老人でもホームレスでも、亡くなればつながりのあった人は涙を流すし、花も置かれる。しかしこれは地上の話であって、私が問題にしているのは船上パーティだ。「献花台」や「市長」といった色とりどりの風船やシャンパンとともに並べ置かれるのは、決まって良識と規範をそなえた「絵になる被害者」だったはずだ。*4

「仕事のことで家族とトラブルになった」と供述した菅野容疑者。一方の家族は「相談はなかった」と話し、食い違っている。碓井教授は「本人が思っているような親切な対応でなかったとか、身勝手な思いこみが原因では」と分析。「まるで思春期の子供のような悩みで、33歳にもなって極めて未成熟。フリーター生活が長かったようだが、彼は本当の意味での社会に出ていなかったのではないか」と述べた。

ジャーナリストの大谷昭宏さんも、菅野容疑者の供述などから秋葉原事件との類似性を指摘した上で「自分がうまくいかない理由を社会に転嫁しており、身勝手で甘ったれている」と甘え型の犯行と断じた。
http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/080723/crm0807231953044-n1.htm


「絵になる悲劇」の完成のために、明るく快活な女の子に対比される「甘ったれ」な30代フリーター男。
甘ったれのバカ男がナイフ持って暴れました。おしまい。
……そんなわけないだろ!

天漢日乗のエントリによると、アキバ通り魔事件は「加藤の乱」と呼ばれつつあるらしい。あれはテロではなく単なる通り魔だし、まぁテロも通り魔も自意識を持て余した青年の吹き上がりという点では大差ない訳だが、あまり持ち上げると便乗犯を招くんで過剰な意味付けは避ける必要がある。という訳で、アキバ通り魔事件はテロじゃないし、あれを以て剣はペンよりも強しなんて結論づけちゃ、まずいだろ。
「加藤の乱」を平成の血盟団事件にしないために - 雑種路線でいこうの冒頭部分)*5


「過剰な意味付け」もクソもない。この絶望的な事態を軽やかにスルーするというのか。殺人にまで至った絶望的な怒りを「甘え」とあしらい、殺人者を異常者として遠ざける「本当の意味での社会」人どもが、まさにこうした凶行に犯人を追い込んだのだ。私が以前書いた「諧調の暴力」とはこういうことだ。そして、諧調の暴力の対象がいよいよ拡大されているという状況には重大な意味がある。

ワーキングプアの問題、格差の問題はもちろん昔からあった。いわゆる「底辺労働者」はずっと貧困にあえいでいたし、女性や在日朝鮮人はあらゆる点で不利な状況に置かれていた。ここ数年格差問題が騒がれているのは、大卒で異性愛者で男性で「日本人」*6というような規範的なあり方をしている人すら格差に晒されるようになったことで、問題がやっと可視化されたということだ。「良識ある」多数派は当然のように外国人を差別し、貧困者を差別し、「無用な者」を排除しつづけてきたし、それは今も変わらない。これは一種の植民地主義暴力と言えると思う。*7

昭和時代における金嬉老事件や沖縄人によるいくつかの事件は、こうした植民地主義暴力による対抗暴力であったと捉えることができるわけだけど、こうした事件があってもなお、多数派の抑圧が「植民地主義暴力」として反省されることはなかった。その都度「異常者の暴力事件」としてあしらわれただけだ。そして今や、植民地主義暴力は日本人にも及んだのだ。だから、秋葉原にしても八王子にしても、「単なる通り魔」などでは決してない。*8これはテロであり、貧困と「承認の問題」に悩む若年労働者の、植民地主義的抑圧に対する対抗暴力そのものだ。犯人を「甘ったれ」とかなんとか表現し、「絵になる被害者」と対比してみせるやり口で抑圧を強めてもどうにもならない。「生きるのが辛いなら自殺しろ」と平気で迫る社会など憎悪の対象になってもなんの不思議もない。社会そのものが憎悪の対象であれば、凶行の対象が「誰でもよかった」となるのは当然ではないか。犯罪予告を取り締まるとかバカじゃないの? 加藤さんや菅野さんの声に真摯に耳を傾けようとしないならばいつまでだって続くだろう。「なぜ市民巻き込む」などと眉を顰める仕草そのものに問題があるのだ。

*1:強調は引用者

*2:強調は引用者

*3:記憶では「週刊新潮

*4:一応補足しておくと、良識や規範からの逸脱があっても、叩きやすい被害者として「絵になる」。独居老人、ホームレスとかは、良識云々からははじめから問題外にされている。

*5:これ以前も引用した。何度も引用してすいませんね!

*6:在日朝鮮人ではなく、「ウチナンチュ」でもないという程度の意味です

*7:階級的かつ人種差別的な意味で

*8:そもそも、「単なる通り魔」という捉え方が適切な事例があるのかどうかも疑問。