それが義憤ってやつなんですか?

知的障害者ねらい暴行、恐喝…少年グループ逮捕


知的障害者を狙い暴行や恐喝を繰り返したなどとして、警視庁少年事件課と青梅署は、いずれも東京都青梅市の無職少年(16)や中学3年の少年(14)ら14〜16歳の少年8人を逮捕、13歳の少年を児童相談所に送致した。
調べでは、少年らは今年1月12日午後1時ごろから約1時間にわたり、たまたま道で出会った青梅市の知的障害の男性(20)に、「タイマンしろ」などと因縁をつけ、顔や腹を殴るなど暴行を加えた上、バッグから現金8万円を盗んだ疑い。少年らはその後も男性を呼び出し、通報しようとした携帯電話を強奪したり、「返してほしかったら1万円持ってこい」などとうそを言い、1万円をだまし取ったりした疑い。さらに5月31日にも、6時間以上にわたり、別の知的障害を持つ少年(15)の頭をギターで殴るなどの暴行を加えた疑い。
少年らは木の棒をマイクに見立て、暴行の様子を実況中継。殴られた男性に「痛いですか?」などと“インタビュー”していた。また、男性が警察に被害を訴え出ないよう、男性に「猫パンチ」と呼ばれる弱いパンチで自分たちを殴らせ、「お前も一緒だ」などと脅していた。
脅し取った現金は健康ランドやゲーム代などに使っていた。
中学3年の少年は、「自分より弱そうな相手を選んだ」と容疑を認めているが、「身体(障害者)をいじめて何が悪い」と反省の態度はないという。
http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/080822/crm0808221209007-n1.htm

痛ましい事件だし、少年たちがしたことに「許せない!」と思って腹を立てるのもそれは当然のことと思います。見出しには「暴行」「恐喝」という言葉が並んでいますが、少年たちの認識では、

中学3年の少年は、「自分より弱そうな相手を選んだ」と容疑を認めているが、「身体(障害者)をいじめて何が悪い」と反省の態度はないという。

とある通り、「いじめ」のつもりだったようです。確かに、この記事で書いてある程度の情報でも、一万円がどうのこうのとか猫パンチとか、いじめっぽい雰囲気は伝わってきます。


ところで、このニュースのブクマコメでも、良識ある大人たちが怒りを表明しています。いくつか引用↓

id:reponさん

repon こういうのって死刑に出来ないんですかね?あと、名前も公表して私刑にあわせて欲しい。更生なんかしないよ。ムリだよ。社会がきっちり廃棄した方が良いよ

id:guldeenさん

guldeen「「身体(障害者)をいじめて何が悪い」と反省の態度はない」少年犯罪に死刑が適用できないのなら、せめて「遠島・流罪」を復活。一般社会にこいつらを交わらせる必要は無い。


特にひどいコメントを引用しました。一応「お怒りはごもっとも」と先に言っておきますが、それにしてもこのコメントはひどいです。こうした厳罰主義が抱いている精神をこの事件の中学3年生風に表現するなら、「少年犯罪者をいじめて何が悪い」もっと言うと「少年犯罪者を殺して何が悪い」となるでしょう。確かに、id:reponさんやid:guldeenさんは実際に殺したりしていないし、直接的な暴力を振るったわけではない。だから、先に引用したコメントをもって「あんたたちだって犯罪的じゃん」などと言うとすればそこには大きな飛躍があるし、そう言いたいわけではありません。しかし、公憤・義憤の体でもってあけすけに語られる厳罰主義が、まさにこういう少年たちを生み出したのではないのか? と一方では思うのです。

この事件の特徴はまさに、被害者が障碍者であった点です。そして、弱者への暴力に対して開き直る少年たちの態度は醜悪です。そして、少年たちが「障碍者殴って何が悪いの」「ホームレスなんていらない連中じゃん」と言ったときに、良識ある大人たちは眉を顰め驚きと困惑の色を浮かべてみせるわけですが、かと言ってその少年たちは昨日地球に到着したわけでもなければ、今朝脱獄してきたわけでもない。彼らは良識ある大人たちが築いたこの日本社会で育ち、ただ大人たちの真似をしているだけです。過ちを犯した者に「吊るせ」と叫び、経済的に敗北した者たちに「自己責任」を迫り、鬱屈した怒りを抱える若者に「世の中に絶望したのなら命を絶てばいい」と言い放つこの社会が、少年たちに教えるのはこういうことです。つまり、「『良識的で品行方正な一人前の社会人』になりなさいよ。さもなくばクズですよ。」と。障碍のために「一人前の社会人」とやらになり得ない人々のことを、少年たちが「劣った存在」と看做したとしても、そう不思議はありません。そして、「劣った存在」とされた者たちはこの社会においてどう遇されてきたか? 懸念を表明され、避けられ、時に嘲笑され、またあるいは「かわいそうな人」と哀れみの眼差しを向けられてきたのです。また、彼らがひとたび法に背いた振る舞いをしたならば、お上による強権的な対処が待望され、究極的には「死刑」に、つまり殺害されてきたわけです。

reponさんその他、この事件に対して「殺してしまえ」「実名を公表して社会的に抹殺してやれ」「同じ障碍を負わせろ」などと叫ぶ人たちは、もしかしたらある種自分を保つようなつもりで、すごく切実な思いで厳罰を叫んでいるのかもしれません。この少年のあけすけな発言は、「弱者との共生」という理想に対する、全く身もフタもない根本的な疑義であり、そしてまたこの発言は、人間存在の野蛮性、私たちの誰もが内奥に秘めている(だろう)醜悪な「何か」を、図らずも指摘してしまっているのかもしれないからです。もしかしたら、これが義憤というものなのかもしれません。誰もが犯罪性と地続きであることを強く自覚しているからこそ、犯罪者をことさらに恐れ、隔離し、殺害しようとし、それは個人的な暴力とは全く別種のものとして正当化されてきた。社会の安寧のために、社会の暴力・国家の暴力は肯定されるばかりか、歓迎されるのです。


そこで私が言いたいのは、本当にそれでいいのか、ということです。「殺せ!」などの暴力的な言辞*1は、公憤や義憤としてなら許されてきたし、実際に犯罪者は殺害されてきた。そして、良識を自認する品行方正な良民の皆さんは、今まで「出来の悪い人間」「無作法な人間」「劣った人間」に冷たくしてきたのではなかったか? 「これから婚約者の両親に会おうというのに、酒の力を借りた?」「自分の親が常に酒臭い子供の気持ち考えたことあるの? 自分がそんな親になってしまう可能性があることを知ってるの?」*2 こうした「アル中は身内にいりません」というのも同様です。アルコール依存症は病気です。もし愛する人が重い病気にかかっていたと知ったからと言って、「この時点で私なら別れるな。」*3とはとても言えないでしょう。しかし、「酒臭いダメ男」は良識に反し、一人前の社会人として失格だから、公然と見下したところであまり問題にはならないわけです。こういう大人たちの背中を見て育った少年たちが、例えば障碍者たちを、労働生産性や振る舞いの品行方正さ*4の観点から「ダメな連中」と看做したならば、少年たちが「公憤・義憤にかられて私刑を執行した」として暴力を正当化していたとしてもなんの不思議もありません。「社会に対して有用か」というスケール、「あなたは社会にどう貢献するか」というスケールばかりが目立つこの社会でも、その一方で「弱者との共生」はちゃんと掲げられてはいます。当たり前です。あらゆる人間は基本的人権を有し、尊重されなくてはならないからです。つまり、「社会に対して有用か」というスケールはその上に成り立っているものにすぎないし、少年たちはそこに誤解があったわけです。障碍者に対する暴力への怒りが、少年たちへの厳罰として表明されるとき、少年たちの人権は全く軽視されています。だからそんなものは公憤や義憤としては極めてお粗末なものです。「公」や「義」の名のもとに語られるものがあるとすれば、それはこの日本社会の多数派である品行方正な良識派の皆さんのケチ臭くて排他的なコミュニティの中にはありません。どこを探してもありません。怒ればこそ、普遍的な理想を語るべきだと思います。


【追記】
ブクマコメより、id:yuki-esupureさん

yuki-esupure 障害者と犯罪者をゴッチャにしてるなこの人。どうも障害者への強烈な差別意識があるようだ。しかもその意識に自身がまったく気づいていない。

こういう風に読む人もいるかもしれないなとなんとなく思ってたけど、でもまあちゃんと読めばそんなことはないだろうと思って特に予防線は張らなかった。私は、障碍者の人権を尊重するのはもちろんのこと、酒臭い親父だろうがDQN少年だろうが犯罪者だろうが、ちゃんと人権を尊重しろよと言ってるだけです。

id:ululunさん

ululun 被疑者を叩いた人間をつるし上げるのはダブスタではないのですね、わかります。 そしてダブスタは永遠に

「差別を糾弾するのは差別者に対する差別だ」みたいなパターンですね。私はid:reponさんを殺せとも去勢しろとも言ってないんですけど。発言の問題性を指摘することと、選別主義*5を叫ぶことは全く違います。だからダブスタでもなんでもないです。

*1:これはただの言葉ではなく、多分にそう処するべきだという思いをを反映しているはずです

*2:http://d.hatena.ne.jp/asami81/20080821/masuda

*3:http://d.hatena.ne.jp/asami81/20080821/masuda

*4:「マナーに反していないか」というやつです

*5:http://b.hatena.ne.jp/hokusyu/20080822#bookmark-9732482